タウンわたらせ第103号6月12日(土)掲載
作法の基本として、隠遁生活の必須アイテムは草庵、田舎、かすみ。
バックボーン に、隠者の屈折した思想的経緯が必要であり、それは、隠者の周辺にある種の影を漂 わせ、独特なる雰囲気を、醸し出すのである。ワインで云えば「熟成」と云う高度な 技術で、その付加価値を高める。ありていに申せば「生への情熱をうちに深く秘め、 田園生活をライフスタイルの理想とし世間を逃れ、人里はなれた田舎に草庵を設け, 精神の充足に努め、仏の道を探求しつつ、おのれの世界を構築し、花鳥風月を心の慰 めとする」と云うのが伝統的な手順である。
私は、幸い梅田付近、飛駒と言うところ に二十余年のログハウスを所有、屋根は板葺き、それなりの趣が出てきた。「霞」は とりあえず、葉巻で代用することにした。「かたち」としてはこれでなんとか格好が つく。新規な事をするには、まず「かたち」から入るのが一番の早道である。要はそ のコンテンツであった。何か体裁のよい屈折せし思想であるが、ノー天気な私には、 人に誇れるような思想や求道精神など皆無なのである。
しかし、このあたりのコンセ プトが厳然と構築されないと隠遁生活も格好がつかない。本物志向の私としては、こ の部分のストーリー性に執着するのである。悩んだ据え、「志なかばで経済世界の激 動の波に弾き飛ばされ、おのれの志す思想展開を断念、いさぎよく後継者に事後を託 し隠遁す(ありていに言えば単に経営能力が不足していて事業の経営に自信をなくし ただけであるが)」と云うことで何となく自分で得心した。
一方、隠遁生活も,多少 の変化、つまりメリハリがなければ、永く続かないわけで、そこで、一度,トライし てみたかったカフェレストランの運営に着手することになった。例えば、或る人が街 を 訪れたとして、一時を、都会の喧騒より離れて、閑静な庵にて憩おうとする、そのよ うな 人が食事を兼ねて訪れたくなるような「場」 を創り出そうと考えたのである。
久しく手を入れぬ2000坪の敷地は木々、雑草も自由 勝手に伸び、草庵も荒廃していた。そこから晴耕雨読的に手入れを開始したのであ る。今振り返ると、ビールを飲み、ほろ酔い加減で構想を練りつつ、葉巻を吸う時間 のほうが多かったような気もするが、兎も角も、季節をおうごとに体裁も徐々に整っ ていった。