複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  •   昭和19年、帝国海軍技官高橋米吉、初夫妻三女にて京都府生。父米吉海軍在航空機設計に携るも漢籍洋楽にしたしむ。初、真に大正女子にして文芸に通じる。而して、耀子、自ずからその素養得。即ち理性感性、自ずから正確、豊かなり。長じて家政学を学び、恋われて勝夫に嫁す。内に倹素を忍んで外に声望を張らんとする夫の生活は、耀子の内助を持つて、始めて保続された。夫、奔放にて我侭。耀子よく耐え二児を育む。夫、美味食を専ら求め屡海外を訪ね稀なる美味を探求。帰りてその詳細を家人に詳らかに報告、再現を求む。耀子、よくその渇望に応え研究するも屡再現侭成らず。育成り、夫に伴い食の快楽探求その多様なるを学ぶ。範囲、概ね北半球に限るも、稀に南洋もその域とする。成りてその体験的具現を実現、その道に邁進す。耀子幼少より花鳥を愛し今日に至るなり。これ「カフェブロッサム」ゆわれなり。今日に至るも調理研究怠り無し。その風評、優。(写真米国アラバマ州にて)2015年1月去。享年71歳。

    Yoko Aiba was born in Kyoto in 1944,as a second child of Hatsu and Yonekiti Takahashi who was a naval aeroplane technical engineer. Her mother,Hatsu was a mordan woman and enjoyed reading. Her father,Yonekichi liked to study Chinese literature and listen to classic musics. Yoko took over a great sensitivity from her parents. She was majoring in domestic science in University. Afer having graduated from school, she met Katsuo and married him. They were blessed with two great sons. Katsuo enjoyed a variety of food. He traveled all over the world to look for great tastes, finally it resulted in openning up the restaurant cafe, that they wanted to share their taste with others. Yoko was very fond of flowers, so this is why she named the restaurant “Cafe Blossom”.She gone on 2015.